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2024/04/27 (Sat)
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2011/09/29 (Thu)


4年前に
市議会議員選挙に
立候補したときや
いろんな場面で
私は聞かれることがある。

「あなたはなぜ
日本共産党なの?」


「議員になぜ
なったの?」


私はそういうとき
質問してくれた人は
なぜそういうことを
聞きたいのかと
いうことにも
思いをはせつつ
そっちょくに
気持ちを
語るようにしている。


私は
議員になりたくて
日本共産党に
入ったわけではない。


よく最近は
議員の公募をする
政党が増えているようで
政党イコール議員
という誤解が
広がっているように思う。


私と
日本共産党との
出会いは
今から15年前
私が20歳のとき。


大東文化大学で
出会った。


それまでの私は
とにかく
政治のことは
なにもわからないし
誰に教えてもらえば
いいかも
わからない。


20年間
政治にかかわること
政党や議員などには
出会ったことはなく
両親も無党派。


「選挙で誰に入れるの?」
と母に聞いたことがあるが
「慣れたとこが
やればいいんじゃない」とか
「お父さんにいれようかしら」
などという答えで
つまり
政治とは無縁の
環境で育った。


バブル崩壊前に
パン屋をはじめた
父と母。


ずいぶんと
売上があったようだ。


出せば売れる。


つぎつぎと
パンを焼いて
店に出しても
夕方まで
ほとんど残らない。


大変だけれど
やりがいがある
そんなようすだった。


しかし
バブルの崩壊。


消費税の
導入と税率UP。


売り上げが
みるみる
減った。


母のお酒を
飲む量が増えた。


経済的に
大変になるなか
私は私立の
女子高に
行くことになって
しまったため
経済的に
両親を苦しめた。


早く自立したい。


お金のことで
迷惑をかけたくない。


大学にも行けるならば
行きたい。


ずっとずっと
そう思っていた。


そうして
高校卒業後は
新聞奨学生になった。


新聞奨学生は
以後
大学を卒業するまで
続けた。


2年間の
予備校生活をへて
大東文化大学へ入学。


私は自分の生活で
いっぱいだった。


そんなときに受けた
一般教養の
平和学。


日米安保条約のこと
沖縄戦のことを
とりあげていた
大教室での講義。


私は
衝撃をうけた。


私は恥ずかしながら
沖縄戦についても
安保についても
ほとんど知識が
なかった。


こんなことが
あったなんて・・・


こんなことが今も
つづいているなんて・・・


どうして
うまくいかないんだろう。


「こうしたらいい」という
答えがいろんな論文や
社説や本にでているのに
どうして
そういう方向に
なっていかないんだろう。


大学に入ってから
まさに悶々と
過ごしていた。


私が大学に
入学したのは
1996年。


前年に
沖縄で
米兵による
少女暴行事件が起き
日米安保への疑問
基地があることへの不満
地位協定を見直せの声が
日本社会を
おおっていた。


私は
そんなことは知らない
無知な学生であったが
とにかく
安保について
まだ浅いが
疑問をもちはじめていた。


そんなとき
「日米安保、どうなる?」
という学習会を
同じ学部の
女性の先輩たちが
企画した。


そして
「もえちゃん、来てみない?」
と声をかけてくれた。


当日は
70名を超す
参加者で
ひしめいていた。


弁護士さんを
招いての学習会。


とにかく知的で
大学生らしい
先輩たちの姿に
感動した。


「もえちゃん
一年生のころから
就職のこと
考えた方がいいよ」


「大学の講義に
不満をもっても
仕方ないよ。
教授もそんなものだから」


という「アドバイス」を
くれた先輩もいた。


ちがう!
私は
何かに出会うために
いろんなことを
勉強するために
大学に入ったんだ!


その思いと
「日米安保、どうなる?」が
ピッタリと重なったのだと思う。


学習会のあと
「いっしょに学びませんか?」と
呼びかけられ
すぐにサークルに入った。


それから
私は
政治のこと
社会のこと
わからないことを
どんどん
先輩たちに質問し
いろんなことを
学んでいった。


社会は
誰かの手によって
うまく回っていると
思っていたけれど
やはり
そうではなかったと
いうことを知った。


そんなとき
「もえちゃん
日本共産党って
どう思う?」と
先輩に聞かれた。


「日本共産党って
なんですか?」


「もえちゃん
政党ってわかる?
自民党とか
新進党とかあるでしょう?」


「あぁ、わかります。
参議院があって
衆議院があって
政党っていうのも
あるんですか?」


「ううん、そうじゃなくて
政党っていうのは
主義主張を
同じにしている
人たちが
つくっている
政治の組織だよ」


そんな
基本的なことも
わからなかった私は
こうしたやりとりをへて…


「日本共産党って
どんなところですか?」


「うんとね
軍事同盟の
日米安保をやめて
日米友好条約を
結ぼうって言っているとこ。
それから
消費税をなくしていこうよって
言っているところ」


「いいとこですね~」


「いっしょにやらない?」


「いいですよ☆」


そんな感じで私は
日本共産党員になった。


議員になろうとか
ああしてやろうとか
こんなことするぞとか
そういうことではなく。


党員になってから
学んだことのほうが
多かった。


日本共産党は
日本で一番
古い政党だということ。


党創立時に
天皇制の廃止をかかげ
国民が主権をもつ国に
しようということを
主張していたため
権力側から
ものすごい
弾圧をうけていたこと。



侵略戦争に
反対していたため
アカとか非国民
国賊などと
呼ばれていたこと。


当たり前のことを
当たり前に
主張しているということ。


政党助成金の
うけとりを唯一
拒否している
政党だということ。


「出る杭は打たれる」
という雰囲気の日本にあって
主義主張をしっかり
もっていた日本人がいて
しかも組織として
政党として存在していたとは・・・


しかも
ずいぶん昔から。


なぜ私は
知らなかったのだろう
出会わなかったのだろう
と思った。


はだしのゲンや
火垂るの墓などを
授業で見ていた私は
「なんで日本人は
戦争に反対しなかったんだろう
私がその時代に生きていたら
絶対に反対した」
というふうに
漠然と思っていた。


私は日本には
なじめない…


いずれ
海外に行きたい…


そう思っていた私だが
日本共産党に出会い
変わった。


日本に住み
日本を変えることが
日本人に生まれた私が
すべきことかなと
思った。


日本に住んでいける
希望を見つけた
感じだった。


だから私は
昔の私みたいに
まだ日本共産党に
出会っていない人たちに
出会って伝えていきたい。


だいじょうぶ
信じられる政党があるよ
信頼できる政治家がいるよ
あきらめないでね
そして
あなたにも
応援してほしいし
もしよければ
日本共産党に
入ってみない?


さて
そんな私は
大学卒業後
日本共産党で
専従者として
働くことになる。


自分の生き方を
うらぎらず
いつも弱い立場の人
声の届かない人に
よりそって
仕事をすることができ
幸せだと思った。


市議会議員に
出てほしい
というお話が
持ちかけられたとき…


私は
ずっと
この上尾で
地域の中で
つながって生きていきたいと
思っているし
すこしでも
上尾がよくなるなら
うれしいし
とにかく
人と人を
つなげていくことが好き…


議員という仕事は
わからないけれど
子育て中の人や
若い人の声をもっと
政治の場でとりあげられたら
いいなぁと思うし
勉強しながらがんばろう
と引き受けた。


私は
議場に立つと
両親の姿が
見える。


傍聴席にも
議場にも。


声なき声を
しっかりと
聞きなさいね。


お父さんや
お母さんみたいに
政治のこと
なにもわからないで
いっぱい
苦労している人のこと
大事にしてね。


そんなふうに
言われている
気がする。


みんなが
幸せになれる
社会をつくりたい。


ありきたりだけれど
それが
私が
日本共産党員である理由。


日本共産党は
派閥をつくらないことを
規約にさだめ
自分たちの組織の
ルールにしている。


なんでも話し合い
結論が出たら
その方向で
みんなで一致団結して
力を合わせることを
大事にしている。


とても大切な
ルール。


党内で
いろんな意見があってもいいが
やることがバラバラでは
国民に
住民に
責任が負えない。


私は
日本共産党に出会って
はじめて
民主主義とは
なんなのかが
わかった。


またぜひ
市政の場で
力を尽くせたら
と思う。


上尾市議会が
民主主義を
きちんと
体現していく場に
なるように。


声なき声が
届く市政に
なるように。


いい街を
みんなで
つくっていきたい。
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無題
もえさん 今日は!今日は天気も良く気持ちのいい日ですね。共産党について熱く語るもえさんの気持ち分かりました。市民の事を考えながら、もえさんならやってくれると期待してます。
桜の小人 2011/09/29(Thu)14:21:08 edit
桜の小人さんへ☆
コメント、ありがとうございます!
いつも寄せられる質問なので、ブログで答えたいなぁと常々おもっていたんです。

ちょっとどころではなく長文ですが、書いてみました。
読んでくださって、ありがとうございます!

がんばります☆
【2011/09/29 17:29】
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プロフィール
趣味:
カフェめぐり、バスケ、ネイル、整理整とん、詩をかくこと、歌うこと、図書館通い(*´∀`)
自己紹介:
秋山もえ/ 上尾市議会議員3期目/ 家族は夫&こども3人/ 1976年2月11日に千葉県木更津市に生まれる/ Ally(性的マイノリティ支持)/ 手話を勉強中/ 自営パン屋を営む両親の手伝いをしながら育つ/ 小・中・高校と陸上競技、水泳、ロードレース、バスケットなどスポーツばかりの日々/ 身長170㎝/ 新聞奨学生として朝日新聞の配達・集金をしながら予備校2年間を足立区北千住&大学4年間を板橋区中板橋で過ごす/ 大学に在学中に日本共産党に入党/ ウルドゥー語(パキスタンの言語)を専攻/ 2000年3月大東文化大学国際関係学部卒業/ 2000年日本共産党埼玉県委員会勤務/ 2007年上尾市議会議員選挙に立候補・初当選/ 好きな食べ物は母がつくるすいとん、ひじき、豆腐、納豆、さつまいも、いちご、チョコレート/ お酒は梅酒を一杯くらいしか飲めない/ タバコは大嫌い/ 埼玉県上尾市西上尾第二団地2-19-503在住/ 048-783-0503/ 090-5394-7971/ mugendai2010@docomo.ne.jp
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